2007-04-06 12:08:04
テーマ:旅行記
私たちはまず名刺の交換をしたり、お互いの職業、社会的立場を確認することですべてが始まる日常習慣に飼いならされている。
「○○会社の○○部長の誰それです。」と自己紹介をしても、「○○に住んで居ます誰それです。」とは普通は言わない。そんな日常を旅が開放する。
「寒いす!ねー 全く寒いわー」「旅行ですか?」
それは旅行者が日常何げなく交わす挨拶。これと言った共有項があった訳でもないのに、只〃彼の澄み切った笑顔と、染透る笑い声に引き釣られて、我々は年来の旧知のごとく笑い、感嘆し、ため息を付き続けている。
「ここに来る前は西表にいたんよ。」
「西表は良いわー、食うものが一杯あるし!与那国は何もね-な-!」
「海に潜っても珊瑚が貧弱だから魚も貝も少ない」
「10分も船を出シャー、ここはカジキの漁場じゃけー、漁師は皆、かじき釣りに転向してしもうて、小魚には目もくれねー。刺身と言えばカジキばっかし。」
「もっともカジキは値がはるけー」
「森も少なく、あんまし食えるもんが見つからねー」
「しかしアダンの木の芽もあの椰子の芽も食えるんだわ。それなのに何故かこの島の人達は食わねー。あらゆる面でこの島は何もねー。」
「西表にはクレソンに被われた沢まであったさー」
「西表島では各戸じゃーなく、各人が大きな冷凍庫を持ってるんだわ。それにナポレオンを始めとする魚から、豚や牛、ヤギの肉、コウモリまでもが冷凍されているさ。人が一寸集まれば各自冷凍庫から持ち出してきて、すぐにバーベキューで酒盛りさー。」
「この前なんか 肉が足らなくて隣に繋いであったヤギを屠って食っちまったさー 後から飼い主も酒盛りにやって来たんだが、別段怒らなかったもんなー 西表はエエ所サー」
「ウファ!ウファ!ファー ハァーハァー」
この得体の知れない御仁!!
「こ奴は縄文人か?」「狩猟採取を生業とする野蛮人か?」
その笑い声の実に屈託の無いこと! その声に何の雑じり気もないことか?
60年近く人間をやっていると自分が「確固として持ち続けて来た」と信じている物差しでは計りえないモノに出会った時、殆ど無視をして忌避しようとする。これは極めて健康的な自己防衛本能に違いない。それでなくては身がもたないのが現実。
それでも時々助平な好奇心が勃起する。取り合えずわが身を物陰に隠し、片目で覗きながら、恐る恐る指先で触れてみる。いつでも逃げ出せる体勢を整え、左足つま先に力を込めて。 そんな姑息な受身術なぞ雲散霧散。ひたすら彼の野生に押し捲られる。