石黒獣医科病院

院長室 Toshiharu Ishigro Official Blog

2007-04-23 16:38:00

長良川の春 ―本流に幅広アマゴを求めて―

テーマ:釣り

4月初旬、日曜日の昼下がり。4間の本流竿を片手に長良川釜淵橋下流の河畔に立つ。
たっぷりと湿り気を載せた生暖かな風が沈丁花の香を含み、その切ない芳香が情緒不安を喚起する。芽吹きを誘うこの風はヒトの心にも行き場の無いはかない高揚を生み出す。
河原の猫柳が綿入れの外套を一杯に膨らませ、今にもはち切れそうだ。
堤に植えられた桜がつぼみを丸く膨らませ春爛漫の近いことを告げている。
低く雲が垂れ込めているうえに黄沙で周囲の山並みも付近の家々も黄灰色に霞んでいる。
河は昨夜の雷雨が大日岳の積雪を溶かし出し、雪代水が薄っすらと濁りを含んで奔流となって渦巻く。平水より30センチ高い水かさ。
充分な水量、適度な笹濁り、季節外れの高温、曇り空、柔らかな風。雪解け水で水温が若干下がっていることを除けばこれ以上の条件は望むべくもない。
この激流の大石の影に目指す奴は必ず居る。
銀鱗に輝く魚体に鮮やかな朱点を散りばめ、丸まると太った渓流の女王。
長良川本流の幅広アマゴ。
型はこの時期、支流や谷では決して出会うことの無い8寸を超える。
嘗て郡上八幡の今は無き伝説の釣り師「吉田の万さ」をして支流のアマゴ10匹に相当すると言わしめた長良川本流アマゴ。
釣る魚の数は元より問題ではない。
40年の技量と精神力で女王を正面にして端座し得るのか?
たかが釣り。たかがどうでもいい道楽。「肩肘張って何をそんなに?」と。
だが、しかし!!
爪楊枝削りを一生の生業とした老人の顔を思い浮かべつつ。
宇宙の摂理など、どこにでも転がっていながら、触れることはそんなに容易でない。

水際の大石の上で仕掛けをセットする。シマノ 渓流竿「本流抜 SX」70-75に誘導式天井糸に道糸08を結び、ハリス03、イクラ針5号。  餌はキンパク。
まずは橋の下流、護岸の石組に乗って足下の分流の瀬を攻める。風が少々邪魔をする。足元を探るには竿が少し長い。ポイントへの投入に手間取る。
次にセオリー通り落ち込みの白泡に仕掛けを入れ、流れの両脇に出来た撚れを流す。
時々新しいキンパクに取り替えながら流心、たるみと丹念に探るがアタリは無い。
誰もが狙う一級ポイントは先行者に釣られたか?
常に原則を踏まえたこまめさとひたすらの辛抱。  奇策は無い。
手前から徐々に遠くのポイントへ。河面の波の変化で川底を読め!!
アマゴは砂地で捕食する時間帯もあるが、彼女らの居つき場所の多くは石周り。
「石を釣る」これは鮎と同じだ。
郡上地方では「男波」「女波」「食い波」と呼んで川の波を識別し、川底の石によって複雑に変化する「どの波に乗せて餌を流すか」が名人技だとして伝承されてきた。
最初の餌の投入から15分経過するも明確なアタリは無い。
タバコを一本。川面で吸うこの一本の至福!!
気分をリセット。餌を取替え少し下流に移動する。先程から気になっていた小ポイント。
川底には一抱え程の石が点在し、次の落ち込みにかかる瀬の開きに水面の波が複雑に変化している。正面の鏡のような早瀬から投入し、仕掛けが馴染み、流心の中層を流す。
次の落ち込みに流れ落ちようとする間際で目印が止まる。
竿先に微かなアタリ。ゴソゴソ ゴソゴソ。竿先を僅かに上げてきいてみる。
すかさず伝わる強烈な締め込みに両腕がすばやく反応する。
本流釣りでは竿は両手持ちが基本。剣道で言う正眼の構え。
軽く合わせた後、竿を溜めて獲物の大きさを推測する。
ここが勝負所。すぐ下の落ち込みに入られると厄介だ。随分長く感じられるが恐らく1~2秒の僅かな一呼吸。この束の間の竿の溜めが針をより深く魚の口に食い込ませる。
「うん! 抜ける!!これは7寸オバーか?」
魚は左右に2度の遁走を試みるも、この竿は総調子、しっかりと竿の胴が魚の締め込みを吸収し、しなやかな反発力が一気に獲物を背後の護岸へと抜き上げる。
尾ビレの辺縁が美しい朱色に染まった紛れも無く本流育ちの天然アマゴである。
素早く針を外して、竿尻に獲物の頭を打ちつけ、絶命させる。
随分と残酷な作業に違いない。無用な苦痛を与えない、そして魚を傷めない必要な手順とは言え、未だにいつも心の片隅に冷え冷えとしたものが染み出してくる。
型は8寸に少し足らないが、たっぷりと餌に満たされた福よかな腹部、濃緑色の地肌に銀鱗を纏った妖艶な姿態にしばし見惚れる。
 いつも最初の一匹を手にするまではどんなに実績のある川でも抱える不安がある。
「今年も魚は居るだろうか?」「今日は魚に食い気があるだろうか?」
だからこの一匹が今日の釣行に果たす役割は計り知れない。安堵と意欲。この最初の一匹でいつものペースを思い出す。この一匹で竿の一振り一振りに集中力が出てくる。
釣り場を下流の落ち込みに続くトロ瀬に移し、ひたすら底石の有り方によって現れる水面の変化を読み、仕掛けを出来るだけ自然に流す。先程の一匹は上唇一枚に針掛かりしていた。夕まず目にはまだ間のある時間帯で食いが立っていないらしい。数回流すうちに微かな錘の底擦れと区別できないようなアタリが2回。  
「きっと居る!必ず居る」「小型か?」「外道のウグイか?」
 もう一人の自分を鼓舞し、時には慰め。「たかがお遊び!お前は何をむきになって::?」
魚に向き合うことは即ち自分に向き合うこと。 これに気づくのに30数年を要した。
両手持ちの右手人差し指に神経を集中し、目印の僅かな変化に焦点を絞る。
最初の一匹から15分が経過していた。再びモゾモゾとした竿先に伝わる渋いアタリ。
今度は穂先を素早くしゃくり、合わせる。先程とは少し違う締め込みに竿を一端溜める。
「下流の落ち込みの淵に落として、タモですくうか? 抜き上げるか?」 一瞬の戸惑い。
この戸惑いで過去に多くの悔いを重ねてきた。しかしこの時は頭の演算速度より腕の記憶による反応が勝っていた。大石を越えて魚が落ち込みに入る前に一気に抜く。空中にある間に魚種を確認する。「再び、アマゴだ!良型 良型」心のうちで叫び、護岸下のコンクリートに落とす。以前石組みの間に魚を入れ、回収不能の悔しさを何度も味わった。2匹目は今年の解禁日に成魚放流された7寸強。魚体は雪代に磨かれて天然物に近い美しさを取り戻しているが、尾ビレと背ビレの損傷がまだ完全に回復していない。
急流育ちとプール育ちとでは尾ビレの大きさがまるで違う。少しガッカリする。
この後栗巣川との出合いまで下がり、瀬を探るがアタリがない。
「さあー いよいよ今日の本命ポイント!流れの主筋、橋下の大きな落ち込みから早瀬だ」
釣り始めの大石まで戻り、川の中央の岩盤に突き出た岩まで増水した急流を石伝いに渡る。
白泡の消えるあたりに仕掛けを投入し両サイドの反流を探る。次に本日一番の核心場所。
水深のある早瀬が扇状に開き次の落ち込みに続いている。瀬の開きはかけ上がりとなり、おまけに川底は岩盤と大石が点在し複雑な流れを形成している。
ここで良型が顔を出さなければ、先程の2匹は「たまたま:::」と言うことになる。
二流し目に仕掛けが伸びきった途端、グッ グッ グッと力強いアタリ。すかさず竿を立てる。しかし焦って竿を立て過ぎ、遠くで魚が浮いてしまう。早瀬の水面でバシャ バシャと跳ねる。「しまった!針が小さいので掛かりが浅いと外れるぞ!!」鼓動が一挙に跳ね上がり、一瞬にして口の中が乾く。引きは前の魚より強い。岩から流れに入り、タモですくうことにする。右手一杯に竿を突き上げ、タモを差し出すもアマゴは足元を左右に走り回り、中々すくえない。「仕掛けが長すぎたか?」魚に再び潜られたら正面の落ち込みに入られて、バラシにつながる。竿を思い切り背後に寝せて、魚体を水面から吊り上げ、タモに入れる。「やった! やった!」この一瞬の安堵感と緊張からの開放感がたまらない。
岩に戻り魚を〆る。8寸の良型ではあるが又一寸ガッカリ、尾ビレの辺縁がすれている。
これも放流物の居残り。魚体の回復は早く、銀鱗が美しい。これも腹一杯に餌を取り、本日の増水と濁り、時刻で食いが立って来た事を示している。放流されてから恐らく2~3センチは大きくなったに違いない。早瀬に鍛えられ締まってきた筋肉、引きも天然物と何ら遜色が無いにも拘らず、歓喜が薄い。
 核心場所は確信場所に変わる。
今日のメインイベントは突然やって来た。
大きめのキンパクを尾の近くから刺し、胸の手前で抜く。岩から降りて水に入って瀬脇を2メートルほど下がり先程と同じ筋を再び流す。
先程と同位置で強烈なアタリ。ガツーン!!!目印が引ったくられる。次に来た強烈な締め込みは尺近いか?4匹目となると少し余裕が出てきた。軽く合わせ徐々に竿を立てる。
腰を低くして瀬脇をゆっくりと下りながら魚を寄せようとするが、奴は流心に向かって何度も突っ込みを試みる。対岸近くは川底が岩盤になっていて急勾配で直接次の淵に落ち込む激流となっている。あの流れに乗られたら03のハリスはひとたまりも無い。水深は既に脛を没し、もうこれ以上流れに入るのは危険だ。魚は中々浮いて来ない。「奴は何物だ?」「成魚放流時に紛れ込んだニジマスか?」「郡上漁協で8寸以上の成魚が放流されたことは無い筈だが?」「何かおかしい?この底へ 底へと向かう突っ込みは::::まさか??」
魚が正面の駆け上がりまで来たときに突然浮く。魚体の全貌が目に飛び込んでくる。
「えー::まさか???この本流筋でか??」
竿を両手持ちから右手持ちに変え、左手で腰からタモを引き抜く。この時僅かに道糸に弛みが生じ、奴は再び流心に向かって潜行しようとする。「やばい!!」竿は極端に弧を描き道糸が伸びきる。足元の水面でバシャバシャ跳ねては又潜ること数回。中々すくえない。
それでも一瞬、奴の動きが鈍くなった隙に尾ヒレからすくい上げる。
上流の岩に戻りながら奴の正体を確認する。かなり呼吸が速くなっている。
「えー まさか やはり??」何と燻し銀に輝く魚体は紛れも無くイワナである。それも丸まると肥えた体に、ピンピンの尾ビレを持った本流育ちだ。嘗て谷で幾度も同型と出会った事があるが、しかしこんな強烈なファイトをした奴はいない。型は9寸強。尺上にも勝る強い引きであった。谷で生まれた稚魚が増水で本流まで流されてきて育ったものか、アマゴの稚魚にまぎれて放流され成魚となったものかは定かではない。
いずれにしても盛夏に源流部で釣る棒状の魚体とは比べ物にはならない。30数年前北海道サロベツ原野で釣ったアメマスに酷似した美しさに暫し見とれる。
この後同ポイントで連続ヒット、6寸の天然モノを掛ける。これは所謂「郡上取り」で取り込む。―竿を45度に立てた段階で魚を完全に浮かせ、引き抜ぬき、左肩前に構えたタモでキャッチする。すかさずタモを腰紐に刺し、竿は右肩に担ぎ、その体勢で魚を外し、次の餌をセットする。―
この後、「またもや?」と思いきやこれはウグイ、流れに返す。
「もういいだろう 終わりにするか」  ここまで2時間。
暫く振りで出会った納得の釣行。柔らかな川風が一匹、一匹の感動を体内深く定着させる。川にはもうすぐ薄暮が訪れようとしていた。 


上からイワナ 27センチ(天然物)、アマゴ 22センチ(天然物)、アマゴ 18センチ(天然物)、アマゴ 22センチ(放流物)、アマゴ 24センチ(放流物)

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プロフィール
石黒獣医科医院院長
1948年生まれ
帯広畜産大学獣医学科卒業
石黒獣医科医院 院長
(社)岐阜県獣医師会・理事
獣医学知識、技術に関しては特筆すべきもの全くなし。
渓流釣りから海釣り、ラン栽培、スキー、登山、マリンスポーツ、「ウドン打ち」に至るまで自称「鬼才」::: 所謂 道楽人。
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