2007-05-25 12:21:08
テーマ:院長のつぶやき
昨年の11月に相次いで男性二人が狂犬病で亡くなってもうすぐ一年になる。
8月にフィリピンで犬に噛まれ、帰国後、狂犬病を発症して亡くなったのだが、海外で感染し日本で発症した人の輸入狂犬病としては36年ぶりとなる。
私はこのお二人の犠牲を狂犬病予防業務の最前線にある開業獣医師の一人として、自らの業務に対する怠慢として、又敗北として捉えるべきだとこの間思い続けてきた。
国内で犬の狂犬病が発生したわけでもないし国内での感染ではない。犠牲者が狂犬病常在国で不注意に犬に触れたからだとの論評もあった。狂犬病の場合「暴露後免疫」といって咬傷により狂犬病ウイルスが体内に侵入した後からでも、ワクチンを接種することで免疫抗体を付与し発症を防ぐことが出来る。今日世界中で何十万人の人がこのワクチン治療によって命が救われている。犠牲者がこれをご存じなかったことが発症と死亡につながった。だから知識不足が原因とも言える。
しかしそれを知っていた国民が一体何人いたというのか。
年間2000万人もの人々が海外に出かける日本の現実の中で、我々はこの恐るべき人獣共通感染症の実態と其の対処法を国民に周知することを疎かにしてきた。
狂犬病予防業務に係わる国、県、市町村の担当部署から開業獣医師に至るまで、この犠牲をどれほど真摯に自らの「職務怠慢の結果」として受け止めたであろうか。
ある調査によれば日本で飼われている犬の総数は1300万頭と推定されている。一方、狂犬病予防法で義務付けられている登録頭数はその半分、狂犬病予防接種率に至っては4割を下回る低水準にある。世界保健機構がそのガイドラインで示す社会的免疫防御率(狂犬病が日本に侵入した場合、流行を阻止するに必要な有効な免疫率)は70%が必要だ。
そんな寒々とした現状ではあるが、今年も又全国の開業獣医師が道なき道の山間地を回り、一島に数頭しかいない離島を巡り、咬傷の危険を犯して狂犬病予防注射に奔走した。そうした努力が辛うじて昭和32年来、国内の犬の狂犬病発症を防いできた事実を自己評価しつつも、私は昨年の犠牲者を開業獣医師の「恥」として認識した。
我々獣医師の任務は予防注射だけではない。我々はもっと語るべきであった。
人類がペストと共に歴史上最も恐れてきた「感染症の恐怖」「狂犬病の恐ろしさ」を。
そしてそれには恐れるにあたらない人類が獲得した対処法(事前・事後免疫-ワクチン-)があることを。
犠牲者への哀悼と共に慙愧の念を抱きつつ。