石黒獣医科病院

院長室 Toshiharu Ishigro Official Blog

2007-10-01 20:29:13

馬瀬川上流に晩夏を釣る・2

テーマ:釣り

淵尻のカケアガリから攻めることにし、川べりに近づく。踏みしめる砂利音が気に掛かる。

『ウグイが多いし、アマゴは放流サイズばっかりだしなぁ』
仕掛けを投入する前から過去の苦い記憶が蘇り、テンションが少し下がる。

一投目からツン、ツン、ツンと鋭角的なアマゴのアタリ。合わせるが空振り。
やはり小型がエサを半分喰いちぎっている。2投目は針掛かりしたが放流サイズ。

3投目は一挙に目印を消しこむアタリと締め込み、強引に引き抜いてタモに収まったのは7寸のウグイ。魚に触らないように針を摘んで振ってウグイを流れに返す。4投、5投、6投目も小型アマゴの元気なアタリ、でも全て空振り。

出来るだけ水際から離れて、流れの手前から流心そして対岸のブッシュ際を丹念に流しながら少しずつ上流へ移動する。制限ギリギリの5寸サイズを2匹魚篭に入れたものの、良型は姿を見せない。

『やはりか?』
『良型はもう、いなくなってしまった。』
そんな諦めが竿を振る手に伝わり、仕掛けの投入に正確さが欠けてくる。

朝靄がいつの間にか消え、上流の山の稜線が朝日に輝いている。期待通りの秋色の青空に思わず見惚れ、バランスを崩しそうになる。『運動不足か? 足腰の老化か?』 何だか侘しい気分に襲われる。落ち込み脇の大石に乗り、気合もなく落ち込みの泡の真ん中に仕掛けを入れてタバコを一本吸おうとした時、今年最後のサプライズがやって来た。

流れの泡が消えるあたりで目印が突然止まる。根掛かりかと思った途端に目印は水中に消し込まれ、重量感のある締め込みが竿に伝わってくる。一瞬のホワイトアウト!僕の頭は状況を把握出来ずに真っ白となる。しかし思考回路から独立したように僕の右手は確実に反応し、軽く合わせをくれた後、竿の弾力で魚の動きに対応する。腰を低く、両手で竿をためる。回復した思考回路が過去の慙愧を復習する。過去の悔しさから得た教訓は頭ではなく、体に蓄積されていた。

僕は素早く大石から飛び降りて、流れに入り奴が川下に下った場合に備える。今まで不満であったシマノ社製 渓流竿『渓峰 尖 硬中調61』。今年新調した竿なのだが先月の高原川支流でのドタバタが思い出される。9寸強の山女に急流を下られ、30メートル下まで引きずられ、石組みの護岸を引き降ろされたり、落ち込みに飛び込まされたりで、散々翻弄されたのだ。

『竿の胴の弾性が足らんのでは?』そんな感想ながら『精々、良型も7寸止まりに違いない。小型の引きを楽しむなら硬い竿よりこちらかな?』この竿を選択した不安が一瞬過ぎる。『竿を伸されて糸切れか?』最初、魚は流心の川底を落ち込みに向かって潜行する。凄いパワーだ。竿は弓なりに曲がり、糸が鳴る。瞬時に口の中がカラカラに乾く。しかし竿は下流対岸に遁走しようとする奴を反転させ、一挙に浮かせる。竿の胴が奴のパワーをしっかりと吸収する。

振り子状に水面をバシャバシャはねて足元のザラ瀬に寄ってきたが、奴は人頭大の底石で波立つ流心わきの瀬で最後の抵抗を試みる。足元を右に左に跳ね回り、寄せが上手くいかない。

『石に当てたら外れるぞ』
『このまま川原に抜き上げるか?』
こんな時は焦りと逡巡が一番怖い。


でもこの日の僕は不思議と落ち着いていた。奴の動きが僅かに鈍ったのを見逃さなかった。竿を右手で高く差し上げ、後方に倒して、腰のタモを抜く。竿は極限まで曲がり奴の頭が水面に出てこちらを向いた瞬間、尾っぽから掬い上げる。『アマゴだ!』 体高のある鼻曲がりのオス。9寸近い。

川原に駆け上がり、針を外す。素早くタモの柄先に着いた鹿角を頭に打ちつけシメル。暴れさせて苦しめることなく、一刻も早く絶命させるのが奴への仁義。思わず胸一杯に空気を吸い込み、大きなため息が出る。一時の安心感と充足感。彼を両手の平に乗せてマジマジと眺める。鋭い眼差しに精悍な面構え、燻し銀に光る魚体、オレンジ色に縁取られた尾鰭。ここまで生き抜いてきた歴史が刻印されているかのようだ。

この至福の時に吸うタバコの美味さ。
朝日があたり始める。

澄み切った大気を通して降り注ぐ紫外線は盛夏そのものだ。下半身ずぶ濡れで冷え切った僕の体が急激に温まる。僕は何度も何度も深呼吸をして風のどこかに秋の香りがないか探している。しかしこの乾いた風はまぎれもなく秋なのだが、秋の香りがしない。秋色の青空と乾いた大気、その一方で夏の紫外線と夏草の芳香が同居している。僕はこの不思議な季節の境目に戸惑っている。

この後下流の瀬を中心に竿を振り、8寸弱の良型を含む制限をギリギリの10匹を追加して納竿した。先日ドイツを共に旅した友をもてなす食材が確保できた安堵感に満たされ、シーズン最後を締めくくる僥倖に感謝しつつ郡上八幡への道を下る。開け放した車窓から流れ込む風はやはり秋であった。


▲釣果の一部(途中の朝飯時に撮影)

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プロフィール
石黒獣医科医院院長
1948年生まれ
帯広畜産大学獣医学科卒業
石黒獣医科医院 院長
(社)岐阜県獣医師会・理事
獣医学知識、技術に関しては特筆すべきもの全くなし。
渓流釣りから海釣り、ラン栽培、スキー、登山、マリンスポーツ、「ウドン打ち」に至るまで自称「鬼才」::: 所謂 道楽人。
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