2009-01-15 00:57:57
テーマ:旅行記

気だるい夜気に汗を滴らせながら私は彼女と民族ダンスに踊り興じている。彼女はドクター・マリア、ゲオング。インドネシア東テンガラ州畜産局の狂犬病対策の責任者である。
『あの悲劇から10年。フローレス島は今どうなっているのだろう?』
この島の惨状を聞き知って以来、フローレスは私の中で島国日本と重なり、気になる存在となってきた。
有史以来狂犬病の脅威から免れてきたこの島で、人の狂犬病の発生が確認されたのが1998年2月。前年の97年11月、スラウェシ島から持ち込まれた2匹の狂犬病感染犬により瞬く間に島内の犬にこの感染症は拡大し、更に犬が人を咬み、人への感染が始まった。2004年には東西350キロに亘る島の全域で犠牲者が発生している。以来狂犬病撲滅対策の第1施策として島内に生息する犬の9割、46万頭ものの犬を撲殺により処分した。又各国からのワクチン援助で狂犬病の制圧に努めるも清浄化に至らず、2008年半ばまでに165名の犠牲者が記録されている。
私は知りたいと思った。『何が原因でこの島からこの病魔を駆逐できないのか。』
そしてドクターマリアのレクチャーで浮かび上がってきたこの島の現状は私が日本では当然と考えてきた生活基盤を根底から覆すものであった。
1. お上には権威が全く無く住民は政府の政策を信用していない。
2. 政府には予算も人員も不足している。
3. 識字率は4割以下で狂犬病予防キャンペーンは誰にでも覚えやすい歌に頼っている
4. 電化率は2割にも及ばず、通信手段もワクチンを保存する冷蔵庫も無い。
5. 犬の全ては放し飼いで所有者が明確でない犬も多い。
6. 今だ迷信、民間療法が支配している。
7. 犬は高級食材として住民の生活には欠かせない。
私は列挙に暇が無いこの島の絶望的な状況にも係わらず、日々この恐るべき感染症と真正面から対峙している獣医師と語り合いたいと思った。
戦後まもなく狂犬病撲滅を成し遂げたわが国の成功物語に安住することなく、他山の石としたいと思った。
私のダンスはもう戸惑いのステップを踏んでいる。マリアさんの笑顔に、彼女の不屈の闘志に圧倒され、平和な惰性に支配された自らの日常との落差を解釈しきれなくなっている。数々の制約を言い訳とせず、最善を尽くす、このあたりまえの重さに立ち尽くす夜。最前線で戦う者の覚悟とは何かを鋭く問われる夜でありました。
