2009-01-22 14:42:34
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副院長の小谷獣医師が、緊張した面持ちで私を呼んでいる。
「院長! 僕が抱きかかえますので鎮静剤の注射を。レントゲン検査が必要と思います」。この患者は、鎮静剤なくしては、体温さえ計れない。
患者の名前はボス。柴犬(しばいぬ)のオス。山本家の暴れん坊として有名だ。
三歳というのにカルテはかなりの枚数だ。問題行動による事故が並ぶ。家族に置いてきぼりにされると、すぐに破壊行動に出る。ゴミ箱をあさり、残飯を食い散らかし、カーテンを引きちぎる。昨夜も同様な惨事の後、ボスは今朝から吐き気が止まらない。
普段は人懐こいボスが狂犬に変わる。かくて診察室は、修羅場と化し、汚物を浴びながら、小谷獣医師がボスをヘッドロックで押さえ込む。その間の山本一家の絶叫。
「ボス君 お願い 静かにしてぇ! お利口さんだから」
これは奥さん。
「ボス頑張れ 後でジャーキーやるからな」
これは山本の父さん。
「何回言ったら解るんですか。あんたはいつも犬にお願いしている。理屈ではなく『ダメな事はダメ』と教えることがしつけなんだ」毎回繰り返される不毛の会話。
古来より日本で飼われてきた柴犬は猟犬、番犬として改良されてきた。主人への絶対的忠誠は忠犬として各地方の寓話(ぐうわ)にも登場する。立った耳と三角の眼、巻いた尾は古武士のようだ。しかし今、柴犬が変わりつつある。優しいお父さんによって。
犬がソファの上で昼寝をする。犬に気を使い、お父さんはフロアで新聞を読む。柴犬の飼い主への忠誠心は、確たるリーダーシップに対して払われる。彼らが安心する生活空間は、確固とした統率力に率いられた家族の中にある。
リーダーを無くし情緒不安定となった柴犬と、自分の背中に自信を無くしたお父さん。それを私は、理屈抜きに気に入らない。
病院に付いて来た子どもたちが、また顕微鏡を触っている。
子供のしつけが先ではないのか・・・
私は今日もいらついている。
