2009-02-12 23:38:44
テーマ:動物病院の四季

私は手術助手の家内を相手に当り散らしている。
別段、家内に腹を立てているわけでない。体重5キロもあるメス猫の避妊手術の最中なのだ。皮下脂肪は厚いところで1センチを超え、お腹は脂肪組織に満たされている。手術用ゴム手袋が脂肪で滑って器具操作がいつも通りに行かない。わずかな指のすべりが私の苛立ちの主な原因である。しかしもう一つの割り切れない思いが気持ちの底に沈んでおり、手の動きを鈍くしている。
患者には特定の飼い主は存在しないから飼い猫ではない。かといって野良猫でもない。複数の家庭から、餌だけ与えられている。でも誰にも管理されていない。毎日数軒の家を順次巡り、ごちそうをねだる。その結果が体重5キロ。餌をくれる各家の奥さんには近寄るが、触らせはしない。そしてどこかの家に居つくこともなかった。
彼女はこの2年で十数匹の子猫を生んだ。子猫たちの一部は母猫と同様に周辺に拡散し、一部は完全な野良猫となった。この短期間での所有者不明の猫の増加が自治会で問題となり、エサを与えた家庭が避妊手術をして責任を取ることになった。しかし抱かれたこともない彼女を捕まえるのに負傷者が3名。十数針も縫った重症者も出た。
私はいつも言っている。
「よその猫や野良猫に食べ物を与えてはいけません。貴方の優しさが不幸な猫を増やします」と。
彼女を連れてきたおばさん3人を前に私は不機嫌を隠しきれなかった。
「あんたらの責任がこの猫の避妊手術で果たされた訳じゃないでしょ」
「おなかがすいてはかわいそうだと思って与えた餌が、捕獲、処分される野良猫を生んだんだ。この責任はどう取るんですか」
私は又言い過ぎてしまった。
そして、もう一人の私がつぶやく。
『腹を空かせた子猫が寄ってきたらお前は見過ごせるのか?』と。
私は最後の皮膚の縫合まで不機嫌を引きずっている。
