2009-05-14 15:16:44
テーマ:動物病院の四季

夏の最後を焼き尽くす太陽が朝から眩しい。
爺様がオンボロ自転車をキーコ、キーコと鳴らしてやって来た。老猫のタマは、荷台にくくり付けたダンボール箱から、悠々と顔だけを出し、逃げようともしない。
「先生、おはよう。こいつ、また昨日から飯食わないだわ」
爺様の野良着は汗でびっしょりだ。
タマは雑種のメスで十七歳。爺様の連れ合いの婆様が近くの神社の裏で拾い育てた。その婆様は、七年前に先立ち、タマは形見でもある。かつては村の名ハンターと呼ばれ、ネズミ、蛇は言うに及ばず、雉まで引きずってきた。
今では往年の筋骨隆々の体躯も骨と皮にやせ細り、もうネズミの動きにはついて行けない。しかし嘗ての栄光が忘れられないのか、狩りを止めようとせず、最近のお相手はもっぱら縁の下のツチガエルだそうだ。
「院長、マンソンの虫卵だらけですよ。点滴の用意できました」
スタッフが顕微鏡を見ながら伝える。
「爺ちゃん、例のカエルを食うと腹に沸くサナダ虫で腸の中は一杯みたいよ。元々、小便作る腎臓が具合悪いのに、下痢では体が持たないわ。点滴終わるまでタマに付き添ってくれるか」
爺様は二十年前に農協を定年退職して、三反の田んぼと少しばかりの畑を耕やし暮らしてきた。息子夫婦はずうっと前に名古屋に出て行って今では猫との2人暮らし。
僅かな年金を分け合い、夜はタマを相手に酒を飲む。野良仕事にも一緒に出かけ、常にお互いを視界の中に入れている。点滴中、タマの頭を撫で続けている爺様。一人と一匹は見つめ合っている。
私は診察の合間を縫って、爺様のいつもの話しに相槌を打つ。若い頃、銭のない農家に肥料の請求書を出さず組合長から処分された話や、子だくさんの後家さんの田んぼを手伝って噂になった話。タマが捕った雉は美味かった話。
ボロボロの老猫が支える独居老人。
徹底して「狩り」に拘わるネコに自分の足跡重ねる爺様。
支えあう片隅の命に励まされる私である。

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投稿者 : [doxycycline 100] | 2010-09-07 21:24:55