2009-06-13 13:01:29
テーマ:動物病院の四季
木枯らしが電線を鳴らす厳冬の朝。マルちゃんが厚い布団に包まれ、父さんに抱かれて今日もやって来た。
マルちゃんはゴールデン・レトリバー、雄の12歳。私を慕ってくれる数少ない患者である。2年前にミエローマという骨髄の悪性腫瘍を発症した。岐阜大学動物病院と当院、そして飼い主さん、三者の緊密な連携により、これまで奇跡的に病状がコントロールされてきた。
マルちゃんは度重なる抗がん剤の副作用に耐え、佐合さんは片道1時間半も掛かる大学病院への通院と治療費負担に耐え、ここまで踏ん張って来た。
『驚異的な治療成果です。本当によく頑張ています』腫瘍科の教授が舌を巻いていた。
しかしもう最終章を迎えようとしている。
昨年の暮れ、大学への通院が体力的に無理となり、私が幕引きを引き受ける事になった。
「佐合さん、申し訳ないが限界みたいだ。共に安らかな最後の日々を考えようや」
彼は私がボソッと切り出した宣告に優しく頷いた。お互い最後の覚悟をしてからもう一ヶ月が経つ。
もう起き上がることも出来ず、食欲も殆どない。夜は佐合夫婦と川の字に寝ている。夜中に寝返りを要求して鳴き、オムツが濡れたことを訴え、喉の渇きで鳴くと言う。
連日の寝不足で父さんの眼が充血している。母さんは私の下品な冗談への突っ込みにキレがない。しかしこの夫婦は何時ものように明るく振舞い、愚痴も言わない。
これが静かな諦観なのか。彼らは穏やかな微笑のなかにある。
『苦痛を長引かせる延命治療はしない。時には恣意的な幕引きが患者と飼い主のために必要なのだ』
それが私の基本原則であった。
しかし何十回と同様な場面を経験してきた筈なのに私は青二才のままだ。
私は一人肩を落として、為す術もなく栄養剤の点滴をしながら、繰り返し言葉を探しては呑み込んでいる。
『見守ることに徹し、その重さに耐える』
そんな佐合さんの覚悟には程遠く、私は今日も診察室を意味もなく歩き回っている。
