2010-01-30 03:37:14
テーマ:動物病院の四季

「おばちゃん 豚臭い車で悪いな」
昨日の予防接種の残り香、豚舎の臭いが強烈な車内。僕は北岡のおばちゃんを軽四輪に乗せて家まで送る途中である。
彼女はいつもの如く迷い込んできた家出猫を連れて診察にやって来た。年の瀬、12月の寒空を一時間も掛け、自転車に乗って。
「先生、一週間前私、軽い脳梗塞で入院したんよ」
そんな話聞いてしまったからには又一時間の夜道を自転車で帰すわけにはいかんじゃないか。彼女との付き合いはもう10年以上になる。今まで数多くの家出猫がその終末を迎えるため彼女の家を訪れた。例外なくボロボロにやせ細り、猫エイズあるいは猫白血病に侵され、余命幾ばくも無い体を引きずって北岡宅にたどり着いた。
「先生!又入りこんで来たんよ。もうだめだと思うけど、何とか少しだけ楽にしてやって」
70歳を過ぎた今も働きに出るおばちゃん。その僅かな稼ぎを握りしめ、私を見詰める。
「北岡さん、不思議だよな。猫も最後に頼る処が解るんだ」
「先は見えているが少しでも気分良くしような。じゃーいつも通り、すべて込みの料金で」
そんなやり取りが何回とも無く続いてきた。
しかし今回の車内で語る彼女の話に私は受け答えの言葉も無く、逃げ出したい衝動にハンドル操作がぎこちない。彼女は25歳で夫と死別し、以来3人の子供を育て上げた。昼はスーパーのレジ打ち、夜は工事現場の交通整理で稼ぎ、睡眠時間を3時間に削って、分譲住宅のローンも完済したと言う。
それだけでも並大抵の人生ではなかったはずなのに。今日連れてきた猫に重ねて語る彼女の娘さんの話に私は足腰が立たない。娘さんは2人の子持ち、40歳すぎか。乳がんの全身転移。後少しの命だと言う。
「娘はかなりの痛みなのに、愚痴一つ言わんのだわ。この猫が娘と重なって」
おばちゃんと自転車を下ろし、
「それじゃーまた」
そんなことしか言えない私には今夜の寒風がつら過ぎる。
